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2011年5月

2011年5月15日 (日)

ともちぶろ。~PTSDとの闘いへ~

発災後2ヵ月が過ぎました。
われわれ宮城ブロック支援チームは、一日も休むことなく各地での支援と、
今後の復興、真の復興(これについては後日書きます)へ繋がる、
前向きなJCならではの支援を模索・実践しています。

ここに来て、PTSDの問題が現実味を帯びてきました。


【PTSDとは?】
PTSD とは、アメリカの精神障害の診断統計マニュアルにある、
"Post-traumatic Stress Disorder" の略称で日本では、
「心的外傷後ストレス障害」と称しています。
外傷的体験とは、人の対処能力を超えた圧倒的な体験で、
その人の心に強い衝撃を与え、その心の働きに永続的、不可逆的な変化を
起こすような体験を意味します。そのような圧倒的な衝撃は、普通の記憶
とは違って、単に心理的影響を残すだけではなく、脳に「外傷記憶」を形成し、
脳の生理学的な変化を引きおこすことが近年の研究で明らかにされています。
PTSD 患者の神経生理学的徴候は、神経画像的研究、神経化学的研究、
神経生理学的研究、電気生理学的研究などで証明されつつあります。
外傷記憶は時がたっても薄れることがなく、その人が意識するしないにかかわらず、
一生その人の心と行動を直接間接的に支配するのです。
(日本JC資料より)


被災した方々は、程度の差こそあれある意味皆このPTSDに悩まされています。
それは老若男女限らず、場合によっては新生児・乳児でさえ。

PTSDからの回復は、原則としてプロの指導により行なわれるべきで、
われわれがいたずらに、素人知識をひけらかして行なうべきではないと考えます。
正しい知識で正しい手法・ステップを、各種事業等へ組み込んでいくのです。
ちなみに私たちは、医療関係者が集う「業種別部会・医療部会」チームにおいて
このPTSDに対する処置、正しい精神的なケアを検討して頂いています。

さてこのPTSDですが、先程は「程度の差こそあれある意味皆」と書きました。
ご多分にもれず、我々支援を継続的に行なっているJCメンバーにおいても、
それは例外ではないということです。

JCメンバーももちろん被災者です。
亡くなった同志もいます。
家族を亡くしたメンバーもいます。
家や会社を失ったメンバーもいる。
何らかの形でみな、被災をしているわけです。

しかし私たちは、自分のコトを後回しにし、支援活動に励んでいる。
それは「JCだから」などと言う軽い使命感などではなく、
おそらく無我夢中の内に、いてもたってもいられずに、
ごく自然に従事している能動的・自然発生的な支援、奉仕活動であろう。

こんな状況の中で、私は今一抹の不安を感じています。
この状況は長く続く。3年か5年か、もしかしたら10年かかるかもしれない。
私たちが青年経済人・企業人として自らの経済活動と家族の保護、
そして継続した支援活動を行なっていく上で、JCメンバー自身の「心」が、
徐々に徐々に痛めつけられ、ついには折れてしまうのではないだろうか、と。

実は私自身、あれから2ヵ月、まともに熟睡ができないでいます。
見る夢といえば毎回、地震や津波の夢。
これまでに感じたことのない精神状況だと、自分でもわかります。


私は今年度、宮城ブロック協議会の会長という責を担っています。
メンバーの精神的なケアを行なうことも、私にとっては重要な職務なのです。
これからも各地において、頼られ求められる支援を行なっていくために。

「がんばろう日本」とか、「がんばろう~」というスローガンをあちこちで見ます。
これは非被災地での言葉であって、私は被災地に掲げるべき言葉では
ないのではないかと率直に感じています。(気持ちは十分に有難く理解した上でね)

被災地の方々は頑張っているのです。これ以上ないくらい頑張ってます。
「がんばろう」という言葉が、時に精神的重圧を高めることもご理解頂ければ。


みやぎの復活へは、みやぎJCメンバーの志と行動が必要不可欠と信じます。
ですから、私は会長として、メンバー一人ひとりのケアに努めます。
これからもずっと、時代に頼られる「みやぎJC」であるために。
明るい豊かな社会=キラキラと輝くみやぎの再生のために。


宮城ブロック協議会
会長 佐藤 知樹

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